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尼崎の文化財

尼崎の指定文化財 尼崎の指定文化財

文書 ほんこうじ もんじょ 本興寺文書

本興寺文書
本興寺門前百姓起請文
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  • 指 定 尼崎市指定文化財
  • 種 別 書跡
  • 数 量 49点
  • 所在地 尼崎市開明町3-13
  • 所有者 本興寺
  • 指定日 昭和60年3月30日
本興寺は法華宗(本門流)の四大本山の一つで、応永27年(1420)日隆上人の開基と言われています。本能寺の「両山暦譜」によれば、日隆上人は尼崎で富商米屋二郎五郎を布教したのち、摂津守護職細川満元の推挙により、応永30年(1423)大物の地に本興寺を創建したと伝えられています。戦国時代末期、尼崎町衆の興隆とあいまって本興寺は大物の地において確固たる地位を築きましたが、戸田氏鉄の尼崎城築城にともない現在地に移転しました。
本興寺には膨大な数の各種史料が残されていますが、その中でも戦国時代末期から江戸時代初頭にいたる49点の古文書は、本興寺のみならず当時の尼崎を知る上で非常に貴重なものです。主なものをあげると、織田信長など戦国武将の「禁制」、豊臣秀吉や石田三成などの「書状」、本興寺門前町の発展を示す「本興寺門前百姓起請文」などがあります。
指定文書目録
番号 文  書  名 年   代 備  考
細川勝元書状 (年未詳)正月18日
三好政長禁制 天文18年3月 日
進藤貞治禁制 天文18年卯月2日
塩川国満禁制 天文18年4月2日
細川晴元禁制 天文18年4月2日
伊丹親興禁制 天文18年卯月6日
三好長慶屋敷寄進状 弘治2年3月3日 折紙
三好長慶禁制 弘治2年3月 日
尼崎年寄衆連署契状 弘治2年4月4日
10 三好政生禁制 弘治2年8月 日
11 後奈良天皇綸旨 弘治3年2月25日 宿紙
12 後奈良天皇綸旨 弘治3年2月25日 宿紙
13 後奈良天皇綸旨 弘治3年2月25日 宿紙
14 三好実休禁制 永禄元年6月 日
15 細川晴元書状 (永禄元年)閏6月20日 切紙
16 三好政生書状 (永禄元年)閏6月20日
17 安宅冬康禁制 永禄元年7月朔日
18 口宣案 永禄4年7月1日 宿紙
19 足利義輝禁制 永禄5年3月23日
20 根来寺快秀禁制 永禄5年3月 日
21 法院日承諷誦文 永禄6年2月25日
22 日承書状 (年未詳)9月27日
23 室町幕府政所奉行人連署奉書 永禄6年5月7日
24 某禁制 永禄6年5月8日
25 足利義輝禁制 永禄6年5月13日
26 池田勝正禁制 永禄8年10月10日
27 織田信長禁制 永禄11年9月 日
28 足利義昭禁制 永禄11年10月5日
29 飛鳥井雅敦書状 (元亀元年)? 正月24日
30 佐久間信盛等連署書状 (元亀元年)? 2月16日
31 篠原実長禁制 元亀元年10月10日
32 某禁制 元亀元年10月10日
33 木下藤吉郎書状 (元亀元年)霜月15日 折紙
34 本興寺門前百姓等起請文 元亀2年11月22日
35 荒木村重禁制 天正2年3月吉日
36 豊臣秀吉書状 (天正12年?)6月2日 折紙
37 豊臣秀吉内書 (年未詳)5月1日 切紙
38 豊臣秀吉内書 (年未詳)5月3日 折紙
39 石田三成書状 (年未詳)5月4日 切紙
40 豊臣秀吉内書 (年未詳)6月17日 切紙
41 羽柴秀吉書状 (年未詳)8月29日 切紙
42 石田三成書状 (年未詳)9月14日 折紙
43 口宣案 慶長3年12月24日 宿紙
44 宇高可久等書状 (年未詳)3月 日
45 美濃守国親等書状 (年未詳)3月 日
46 大瀬与三右門・尼崎忠兵衛書状 (年未詳)閏7月20日
47 伊丹忠親禁制 元亀元年7月12日
48 戸田氏鉄折紙 元和5年11月朔日
49 戸田氏鉄書状 (寛永12年)8月25日

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