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尼崎の文化財

尼崎の指定文化財 尼崎の指定文化財

押絵貼屏風 かいほうゆうしょうひつおしえばりびょうぶ 海北友松筆押絵貼屏風


  • 指 定 尼崎市指定文化財
  • 種 別 絵画
  • 数 量 六曲一双
  • 所在地 尼崎市開明町3-13
  • 所有者 本興寺
  • 指定日 平成元年3月30日
押絵貼屏風左隻 左隻
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押絵貼屏風右隻 右隻
右隻拡大(1439px×748px 370kb 別窓)
落款と印章
落款と印章
右隻右より第1曲の松図には、「友松圖之」の落款と、長方形重郭白文「海北」印、朱文「友松」方印の二印が捺されており、左隻右より第6曲の牛図には、「本興寺 本山」及び「友松筆」の款記と、先と同様の二印が捺されています。ただし、「本興寺 本山」の款記は明らかに後筆です。なお、他の10図のうち、左隻第5曲の牛図以外の9図にも上記と同様の二顆の印が捺されています。画題と図柄は、右隻より2曲ごとに対をなすかのごとく企図されているように思われ、印の位置もそれにふさわしいものです。
海北友松は近江浅井家の重臣であった海北綱親の子として天文2年(1533)に生まれ、慶長20年(1615)6月に83歳で没しましたが、友松自身も海北家再興を願う武人的気骨に富んだ人物であった故もあり、画人としての出発は幾分遅く文禄年間(1592〜1596)の頃と考えられています。
友松は梁楷(りょうかい)、牧谿(もっけい)、玉欄など宋元画の真髄を習学しましたが、すべて草体による本屏風絵においても、例えば松梅図や山水図は玉欄様を規範とした溌墨(はつぼく)体で淡墨を基調に濃墨の巧みなアクセントが入れられ、大きな余白も実に効果的で、友松晩年期の画風を思わせます。また、人物図はいずれも減筆(げんぴつ)体で、梁楷様の袋人物的特徴を見せていますが、その衣文線も時には渇筆のまま一気に引かれ、眼晴も点描によるだけの略筆体で、これまた友松晩年の特徴を示すものです。さらに先述の落款と印章ですが、その書体・印形ともにこの作品が慶長10年を過ぎる頃の作品であることを証明するものです。本作品は保存状態も比較的良好であり、友松画研究の貴重な作品として文化財価値の高いものです。

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