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尼崎の文化財

尼崎の指定文化財 尼崎の指定文化財

長遠寺の鰐口・雲板
  • 指 定 尼崎市指定文化財
  • 種 別 工芸
  • 数 量 3口・1口
  • 所在地 尼崎市寺町10
  • 所有者 長遠寺
  • 指定日 昭和58年3月24日

至徳二年鰐口 しとくにねん  わにぐち 至徳二年鰐口 1口

至徳二年鰐口
至徳鰐口拡大(1000×700 542kb 別窓)
銅製、径31cm、厚さ 下端8.4cm、中央14.4cm。両面とも中央撞座は中房に蓮子1+6を配し、その外側に放射状に細線をめぐらし、さらに圏線をまき、外円に間弁入り単弁八葉をめぐらしています。それに沿って三重の圏帯があります。外側の圏帯内に刻銘があり、至徳2年(1385)の製作であることが判明します。この鰐口はもと河内国野田龍淵寺にあったものであるが、この寺については詳らかではありません。

嘉吉元年鰐口 かきつがんねん わにぐち 嘉吉元年鰐口 1口

嘉吉元年鰐口
嘉吉鰐口拡大(1000×700 794kb 別窓)
銅製、径24.6cm、厚さ 下端6.5cm、中央11.2cm。両面とも中央撞座は蓮子1+6を配した中房に周円に櫛歯文をめぐらし、さらに周円に間弁入り複弁を配しています。それをめぐって三重の圏帯があります。外側の圏帯内の左右に下記の刻銘が見られます。この銘文中の三方は旧播磨国宍粟郡三方村(現在の兵庫県宍粟市三方町)のことです。製作年代は嘉吉元年(1441)ですが、銘文中の観音寺については詳らかでありません。

天文六年鰐口 てんぶんろくねんわにぐち 天文六年鰐口 1口

天文六年鰐口
天文鰐口拡大(700×1000 598kb 別窓)
銅製、径27.8cm、厚さ下端6.2cm、中央11.2cm。
両面とも中央撞座は蓮子1+6を配した中房に素弁八葉をめぐらした簡略形式のものです。銘文は一面に本銘、一面に追銘を各々銘帯に左右に分けて各一行を刻んでいる。この鰐口は天文6年(1538)池大明神に寄進されたものが買得されたものと見られ、妙蓮によって天正5年(1577)に長遠寺に寄進されたものです。本銘中、松江は紀ノ川北岸の地名で現在和歌山市に属しています。

雲板 うんばん 雲板 1口

雲板
雲板拡大(1000×700 571kb 別窓)
銅製、上下47.3cm、左右45.2cm、厚さ撞座1.3cm、表面0.8cm。
全体に表面がこころもちそり、釣り手には当初のものと思われる鉄製の鐶がついています。正面中央に実線で位牌形を造り、その下に径約6.5cmの撞座を陽鋳しています。撞座は磨滅していて意匠はわかりません。この雲板は様式や文字から南北朝時代(1336から1392年)のものと推定されます。位牌形の中に7字の題目(南無妙法蓮華経)を陰刻し、銘文は撞座の左右に各1行(豊後州瑞光寺、住山明室置之)計12字を陽鋳し、さらに追銘を右側の陽鋳銘の左右及び左側の陽鋳銘の左に陰刻しています。
陽鋳の本銘文にみる豊後州は豊後国であり、現在の大分県ですが、瑞光寺については詳しくは判りません。追銘によって天正13年(1585)に塚口屋源兵衛によって、住職日鎮のとき長遠寺へ寄進したことが判ります。おそらく善住はその亡妻で、4月22日が彼女の祥月命日で、死後37日の供養のために寄進されたと考えられています。

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